コラム

2025/09/02 コラム

宗教法人の法定備付け・提出書類—所轄庁への義務と実務上の作成ガイド

はじめに

宗教法人は、信仰に基づく活動を行う公益性の高い団体であると同時に、法律に基づき設立された一つの「法人」です。そのため、株式会社などの一般法人と同様に、その組織運営や財産状況を明確にし、社会的な信頼に応えるための情報管理が法律で義務付けられています。

その根幹をなすのが、宗教法人法で定められた各種書類の「作成」「事務所への備付け」、そして所轄庁(都道府県や文化庁)への「提出」です。これらの書類は、役員構成や財産の状況、責任役員会での意思決定の過程などを記録する、いわば寺院の公式な活動記録であり、適正な法人運営が行われていることを内外に示すための重要な証拠となります。

しかし、日々の多忙な寺務の中で、「どのような書類を、いつまでに作成し、どこに提出すればよいのか」を正確に把握し、実行するのは容易ではないかもしれません。書類の作成や提出を怠ることは、法律上の義務違反として過料の対象となるだけでなく、信者や地域社会からの信頼を損ない、ひいては法人運営そのものを揺るがしかねない問題に発展するリスクもはらんでいます。

この記事では、すべての宗教法人が遵守すべき「事務所備付け書類」と「所轄庁への提出書類」に焦点を当て、その具体的な種類、作成・管理のポイント、そして義務を怠った場合のリスクについて、Q&Aを交えながら解説します。

Q&A

Q1. 寺院の事務所には、どのような書類を常に備え付けておかなければならないのでしょうか?また、檀家さんから「帳簿を見せてほしい」と言われたら、すべて見せなければなりませんか?

宗教法人法第25条では、常に事務所に備え付けておくべき書類(帳簿書類)が定められています。主なものは以下の通りです。

  • 規則及び認証書
    法人の憲法ともいえる最も重要な書類です。
  • 役員名簿
    代表役員・責任役員・監事の氏名や住所などを記載した名簿です。
  • 財産目録、収支計算書
    法人の財産状況や会計の流れを示す書類です。
  • 責任役員会の議事録
    重要事項の意思決定プロセスを示す記録です。
  • その他
    境内地・境内建物に関する書類や、事業に関する書類など。

これらの備付け書類について、信者その他の利害関係人から閲覧の請求があった場合、原則としてこれに応じる義務があります(宗教法人法第25条第3項)。ただし、その請求が「不当な目的によるものでないと認められる」場合に限られます。例えば、単なる嫌がらせや、不当な要求を突きつけるための材料探しといった目的での請求は正当とはいえず、閲覧を拒否できる場合があります。もっとも、その判断は慎重に行う必要があり、対応に迷う場合は専門家への相談をお勧めします。

Q2. 毎年の会計年度が終わった後、役所(所轄庁)に提出しなければならない書類があると聞きました。具体的に何を、いつまでに提出すればよいですか?

はい、その通りです。宗教法人は、毎会計年度が終了した後、4ヶ月以内に、事務所に備え付けている書類のうち、以下の書類の「写し」を所轄庁へ提出することが法律で義務付けられています(宗教法人法第25条第4項)。

  • 役員名簿
  • 財産目録
  • 収支計算書(作成している場合)
  • 境内建物・境内地に関する書類
  • 事業に関する書類(収益事業などを行っている場合)

例えば、会計年度が41日から翌年331日までの寺院であれば、毎年731日までにこれらの書類の写しを所轄庁(通常は寺院が所在する都道府県)へ提出する必要があります。これは毎年必ず行わなければならない義務ですので、提出漏れがないよう注意が必要です。

Q3. 備付けや提出の義務を怠った場合、具体的にどのような罰則があるのでしょうか?

法律で定められた書類の備付けや所轄庁への提出を怠った場合、宗教法人法第88条に基づき、その宗教法人の代表役員個人10万円以下の「過料」に処せられる可能性があります。

過料は、行政上の秩序を維持するために課される金銭的な制裁であり、刑罰(前科)とは異なります。しかし、法律上の義務に違反したことに対するペナルティであることに変わりはありません。重要なのは、この過料は法人ではなく、代表役員個人に課されるという点です。また、書類提出を求める所轄庁からの報告徴収に応じなかったり、虚偽の報告をしたりした場合は、さらに重い罰則が科される可能性もあります。何よりも、こうした義務違反は法人の信頼を損なうことにつながるため、法令を遵守することが重要です。

解説

1. なぜ書類の作成・備付け・提出が義務付けられているのか?

宗教法人に各種書類の作成・管理が義務付けられているのは、主に以下の2つの目的を達成するためです。

  • 法人の自律的で適正な運営の確保(内部ガバナンス)
    役員名簿や財産目録、議事録などを正確に作成・管理することで、役員自身が法人の現状を客観的に把握し、規律ある運営を行うことができます。また、信者などの利害関係人がこれらの書類を閲覧できるようにすることで、運営の透明性が高まり、内部からのチェック機能が働きます。
  • 社会的な信用の維持と公益性の担保(外部からの信頼)
    所轄庁へ定期的に書類を提出することで、行政が法人の活動状況を把握し、著しく逸脱した運営が行われていないかを監督します。また、登記情報と合わせて、これらの書類がきちんと管理されていることは、金融機関や取引先、そして広く社会一般からの信用を得るための基礎となります。

2. 事務所に常に備え付けておくべき書類(宗教法人法第25条第2項)

法律で備付けが義務付けられている主要な書類は以下の通りです。これらは「帳簿書類」と総称され、常に寺院の主たる事務所に整理して保管しておく必要があります。

書類の種類

内容・ポイント

法的根拠

規則及びその認証書

法人設立時に所轄庁から認証を受けた規則の原本。法人の根本規則。

25条第2項第1

役員名簿

代表役員・責任役員・監事の氏名、住所、任期などを記載。変更がある都度、速やかに更新が必要。

25条第2項第2

財産目録

会計年度終了後3ヶ月以内に作成。土地、建物、預貯金、美術品など、法人が所有する全ての財産を記載する。

25条第1項、第2項第3

収支計算書

宗教活動に伴う収入(お布施、お賽銭など)と支出(人件費、維持管理費など)の明細。会計年度終了後3ヶ月以内に作成。

25条第1項、第2項第3

貸借対照表

作成している場合に備付け義務がある。財産目録と合わせて、法人の財政状態をより詳しく示す。

25条第2項第3

境内建物・境内地に関する書類

登記簿謄本や公図の写しなど、境内地の範囲や境内建物の床面積などを示す書類。

25条第2項第4

責任役員その他規則で定める機関の議事録

責任役員会などの会議の日時、場所、出席者、議事の経過、決議の結果などを記録したもの。意思決定の正当性を証明する重要な証拠。

25条第2項第5

事務処理簿

法人の諸活動に関する事務処理の経過を記録した帳簿。日記帳や業務日誌のようなもの。

25条第2項第5

事業に関する書類

駐車場経営や会館の貸付など、宗教活動以外の事業を行っている場合に、その事業内容や収支を示す書類。

25条第2項第6

 

3. 所轄庁へ毎年提出する義務のある書類(宗教法人法第25条第4項)

会計年度が終了したら、備付け書類の中から以下の書類の「写し」を、4ヶ月以内に所轄庁へ郵送または持参して提出します。

  • 役員名簿の写し
  • 財産目録の写し
  • 収支計算書の写し(収益事業を行っていないなど、作成が免除されている場合は不要)
  • 境内建物・境内地に関する書類の写し
  • 事業に関する書類の写し(事業を行っていない場合は不要)

これらの書類は、国民が所轄庁に対して閲覧を請求することができ、宗教法人の透明性を確保するための重要な制度となっています。

4. その他の主要な届出・手続書類

毎年の定例的な提出書類以外にも、特定の事由が発生した際に、所轄庁への届出や認証申請が必要となる手続きがあります。代表的なものは以下の通りです。

手続きの種類

どのような場合に必要か

ポイント

規則変更認証申請(第26条)

法人の名称、目的、役員の定数、財産に関する規定など、規則の内容を変更するとき。

責任役員会での決議など、規則で定められた変更手続きを経た後、所轄庁に「認証」を申請する。認証がなければ効力は生じない。

不動産処分等の公告(第23条)

境内地や境内建物を売却・贈与・担保提供するとき。

行為の少なくとも1ヶ月前までに、所轄庁への届出ではなく、信者等利害関係人へ「公告」を行う。内部の透明性確保が目的。

合併認証申請(第35条)

他の宗教法人と合併するとき。

合併は法人の組織に関する重大な変更であり、所轄庁の「認証」が必要。

解散届(第43条)

任意で解散した場合や、規則で定めた解散事由が発生した場合。

解散後、清算人が所轄庁へ「届出」を行う。

 

弁護士に相談するメリット

これらの複雑な書類作成・管理業務について、寺院法務に詳しい弁護士は以下のようなサポートを提供できます。

  • 必要書類の網羅的な管理体制の構築
  • 専門的な書類作成のサポート
  • 所轄庁との円滑な対応
  • 信者からの閲覧請求への適切な対応 

まとめ

宗教法人が法律に基づいて作成・管理すべき書類は多岐にわたりますが、これらは決して形式的なものではなく、一つひとつが寺院の健全な運営と社会的信用を支えるための重要なパーツです。特に、会計年度終了後4ヶ月以内に行う所轄庁への定例的な書類提出は、法人の義務の中でも基本中の基本です。これらの義務を誠実に果たすことが、透明性の高い法人運営の証となり、信者や地域社会との良好な信頼関係を築く礎となります。

書類の作成・管理・提出に関して少しでも不安や疑問がある場合は、問題を先送りにせず、ぜひ一度、寺院法務に精通した弁護士にご相談ください。

 


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