コラム

2025/06/11 コラム

宗教法人法と寺院の設立・運営の基礎

宗教法人とは? 設立のメリット・デメリットと法人格取得までの全手順

はじめに

寺院を運営していく上で、「宗教法人」という言葉を耳にする機会は多いことでしょう。しかし、その正確な意味や、宗教法人になるための手続き、そして法人化することの利点や注意点について、詳しくご存知の方は少ないかもしれません。

そもそも「宗教法人」とは、単なる宗教活動を行う団体(宗教団体)が、宗教法人法という法律に基づいて「法人格」を取得したものです。法人格を得ることで、寺院の財産を団体名義で所有・管理できたり、契約の主体となれたりと、安定的かつ継続的な寺院運営の基盤を築くことができます。

この記事では、弁護士法人長瀬総合法律事務所が、寺院法務の観点から以下の点を解説します。

  • 宗教法人の設立を検討する上で知っておくべきメリット・デメリット
  • 宗教法人格を取得するための具体的な全手順
  • 設立後の適正な運営に不可欠な基礎知識

宗教法人の設立や運営について理解を深め、より良い寺院経営を目指すための一助となれば幸いです。

Q&A

Q1:お寺が「宗教法人」になると、具体的にどんないいことがあるのですか?

宗教法人になる最大のメリットは、法律上の権利・義務の主体、すなわち「法人」として認められる点にあります。これにより、主に3つの大きな利点があります。

  1. 財産の法人名義での所有・管理
    寺院の土地や建物、預貯金といった財産を、住職個人の名義ではなく、宗教法人そのものの名義で所有し、登記・登録できます。これにより、住職の交代や代替わりの際に、財産の相続問題などを心配することなく、安定して寺院の資産を維持・管理できます。
  2. 法律行為の主体になれる
    工事の契約や不動産の賃貸借契約、雇用の契約などを、宗教法人自身の名義で締結できます。これにより、対外的な取引がスムーズになり、責任の所在も明確になります。
  3. 社会的信用の向上と税制上の優遇
    法務局に登記され、法律に基づいた運営が求められるため、社会的な信用が高まります。また、法人税法上、宗教法人が行う宗教活動といった公益事業から生じる所得(お布施や寄付など)は非課税とされています(法人税法4条)。

Q2:宗教法人を設立するには、どれくらいの期間と準備が必要ですか?

宗教法人の設立は、申請すればすぐに認められるものではなく、周到な準備と一定の期間が必要です。

まず、法人設立の前提として、宗教団体としての活動実績が求められます。一般的には、少なくとも3年程度の安定した宗教活動の実績(儀式行事の実施、信者の教化育成など)を示す資料が必要となります。

その上で、法人の憲法ともいえる「規則」の作成、所轄庁(都道府県など)との事前協議、信者への「公告」手続き、設立の認証申請、そして法務局での設立登記と、多くのステップを踏む必要があります。特に、認証申請前の公告は、信者や利害関係人に対し、少なくとも1ヶ月の期間を設けることが法律で定められています(宗教法人法第12条第3項)。

これらの手続きをすべて含めると、準備開始から設立登記が完了するまで、スムーズに進んだ場合でも数ヶ月、事案によっては1年以上かかることもあります。

Q3:宗教法人の運営で、特に気をつけなければならないことは何ですか?

宗教法人を設立した後は、宗教法人法に則った適正な運営が義務付けられます。特に注意すべきは以下の3点です。

  1. 代表役員の独断では運営できない
    宗教法人の重要な意思決定は、代表役員(住職が就任することが多い)一人で決めることはできず、3人以上の「責任役員」で構成される「責任役員会」の議決を経る必要があります(宗教法人法第19条)。
  2. 法律で定められた書類の作成・備付け義務
    宗教法人法第25条に基づき、規則や役員名簿、財産目録、収支計算書といった書類を作成し、常に事務所に備え付けておかなければなりません。また、これらの写しを毎年所轄庁に提出する義務もあります(同法第25条第4項)。
  3. 重要な財産処分の手続き
    境内地や境内建物といった重要な不動産を売却したり、担保に入れたりする際には、責任役員会の議決だけでなく、信者など利害関係人に対して1ヶ月以上前に「公告」する手続きが必要です(宗教法人法第23条)。この手続きを怠ると、その財産処分が無効になる可能性があります(同法第24条)。

解説

宗教団体と宗教法人の違い

寺院の法務を理解する上で、まず「宗教団体」と「宗教法人」の違いを正確に把握することが重要です。

  • 宗教団体
    宗教法人法第2条において、「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とする団体」と定義されています。礼拝施設(本堂など)を備える個々の寺院や、それらを包括する宗派・教団などがこれにあたります。法人格の有無は問いません。
  • 宗教法人
    上記の「宗教団体」が、宗教法人法に定められた手続きを経て、「法人格」を取得した団体のことを指します(宗教法人法第4条)。

つまり、すべての宗教法人は宗教団体ですが、すべての宗教団体が宗教法人というわけではありません。法人格のない宗教団体は「任意団体」として活動することになります。

宗教法人設立のメリットとデメリット

法人格を取得することには、多くのメリットがある一方で、それに伴う義務やデメリットも存在します。設立を検討する際は、双方を十分に比較検討することが不可欠です。

メリット

  • 財産の永続的な維持管理
    前述の通り、寺院の土地、建物、預金、仏具などを法人名義で所有できるため、代表者個人の資産とは明確に区別されます。これにより、住職の交代があっても財産が散逸することなく、永続的に寺院の資産として護持継承していくことが可能となります。
  • 契約関係の明確化
    法人名義で各種契約を締結できるため、取引の相手方からの信用も得やすく、万が一のトラブルの際にも責任の所在が明確になります。
  • 税制上の優遇措置
    宗教法人が行う宗教活動から生じるお布施、寄付、お賽銭など、本来の宗教活動に係る収入は、法人税法上の収益事業に該当しないため非課税となります。ただし、駐車場経営や不動産賃貸などの収益事業を行う場合は、その部分について課税対象となります。
  • 社会的信用の獲得
    法人として登記されることで、その存在と組織が公的に証明され、社会的な信用度が高まります。

デメリット

  • 法律に基づく運営義務
    宗教法人法やその他関係法令を遵守した運営が求められます。代表役員や責任役員の権限・義務が法律で定められており、自由な運営がある程度制限されます。
  • 事務負担の増大
    宗教法人法第25条に定められた書類(役員名簿、財産目録、収支計算書、議事録など)を作成・備付け・所轄庁へ提出する義務が生じます。会計処理も適正に行う必要があり、事務的な負担が増加します。
  • 情報公開の義務
    事務所に備え付けた書類について、信者その他の利害関係人から正当な利益に基づき閲覧請求があった場合には、応じる必要があります(宗教法人法第253項)。
  • 設立手続きの煩雑さ
    設立には、法律の専門知識を要する複雑な手続きと、相応の時間・労力が必要となります。

宗教法人設立の全手順

宗教法人を設立するためには、法律で定められた手順を一つずつ着実に進めていく必要があります。以下にその全体像を解説します。

ステップ1:設立の準備と規則の作成

設立手続きの第一歩は、宗教法人格を取得するための準備から始まります。

  • 宗教団体としての活動実績の証明
    設立認証を申請する前提として、団体が宗教法人法第2条に定義される「宗教団体」であることを客観的に証明する必要があります。所轄庁との事前相談の段階で、過去3年程度の宗教活動(定期的な法要の実施、布教活動、信者名簿、会計帳簿など)の実績を示す資料の提出を求められることが一般的です。
  • 規則の作成
    宗教法人の組織や運営の基本を定める最も重要な書類が「規則」です。宗教法人法第12条第1項には、規則に記載すべき事項(目的、名称、役員の資格や任免、財産管理、公告の方法など)が定められており、これらをすべて盛り込む必要があります。

ステップ2:設立発起人会の開催

規則の案が固まったら、設立の発起人(将来、代表役員や責任役員に就任する予定者などが中心)が集まり、設立発起人会を開催します。この会で、作成した規則案を正式に決定し、初代の代表役員や責任役員を選任します。

ステップ3:信者その他の利害関係人への公告

所轄庁へ認証申請を行う前に、信者やその他の利害関係人に対して、「宗教法人を設立する」という事実と「規則の要旨」を知らせるための「公告」を行う必要があります。この公告は、認証申請の少なくとも1ヶ月前までに行わなければなりません(宗教法人法第12条第3項)。

ステップ4:所轄庁への認証申請

公告期間が満了したら、いよいよ所轄庁(主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事など)へ規則の認証を申請します(宗教法人法第13条)。申請には、認証申請書、規則、宗教団体であることを証明する書類、議事録など、法律で定められた書類が必要です。

ステップ5:設立登記

所轄庁から規則の認証書が交付されたら、2週間以内に、主たる事務所の所在地を管轄する法務局で「設立の登記」を行います(宗教法人法第52条)。

宗教法人の運営の基礎

宗教法人を設立した後は、法律と規則に則った適正な管理運営が求められます。

役員の役割と責任

  • 代表役員
    法人を代表し、事務全般を統括する責任者です(宗教法人法第18条第3項)。
  • 責任役員
    3人以上置くことが義務付けられており(宗教法人法第18条第1項)、代表役員とともに「責任役員会」を構成します。法人の事務や重要事項は、この責任役員会の議決によって決定されます(宗教法人法第19条)。

備付書類の管理

宗教法人法第25条は、法人に対して以下の書類等を事務所に常に備え付けることを義務付けています。

  • 規則及び認証書
  • 役員名簿
  • 財産目録、収支計算書、貸借対照表(作成している場合)
  • 境内建物に関する書類
  • 責任役員会の議事録
  • 事業を行う場合はその関連書類

これらの書類の管理を怠ると過料の対象となる可能性があるため(宗教法人法第88条)、注意が必要です。

弁護士に相談するメリット

宗教法人の設立・運営には、宗教法人法をはじめとする専門的な法的知識が不可欠です。手続きの複雑さや、運営上の法的リスクを考えると、専門家である弁護士に相談することには大きなメリットがあります。

  • スムーズな設立手続きの実現
    複雑で時間のかかる設立手続きを、法的な観点から全面的にサポートします。特に、法人の根幹となる「規則」の作成において、将来の紛争リスクを回避し、法人の実態に即した内容となるよう的確なアドバイスを提供できます。
  • 適正な法人運営のサポート
    設立後の運営においても、役員の法的責任、財産管理、規則の変更、檀家とのトラブルなど、様々な法律問題が発生する可能性があります。弁護士が顧問として関与することで、これらの問題に迅速かつ適切に対応し、コンプライアンスを確保した安定的な法人運営を支援します。
  • トラブルの未然防止と早期解決
    役員間の意見対立や、財産処分をめぐるトラブルなど、法的な紛争に発展しかねない問題について、事前に法的リスクを検討し、円満な解決に向けた道筋を示すことができます。

宗教法人に関する問題は、その特殊性から対応できる法律専門家が限られています。寺院法務に精通した弁護士に相談することで、安心して設立準備や日々の運営に取り組むことが可能になります。

まとめ

宗教法人の設立は、寺院の財産を保全し、その活動を永続させるための有効な手段です。法人格を取得することで、財産を法人名義で管理でき、社会的な信用も向上します。

しかしその一方で、設立には煩雑な手続きが必要であり、設立後も宗教法人法に則った厳格な運営が求められます。代表役員個人の判断で物事を進めることはできず、責任役員会での議決や、法律で定められた書類の管理、情報公開など、多くの義務を負うことになります。

これらのメリットとデメリットを十分に理解し、ご自身の寺院の将来像を見据えた上で、法人化を検討することが重要です。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、宗教法人の設立から運営、承継に関する問題まで、寺院法務に関する幅広いご相談に対応しております。初回相談は無料ですので、お気軽にお問い合わせください。


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