コラム

2025/07/09 コラム

宗教法人の登記は大丈夫?代表役員変更・事務所移転などの手続きを弁護士が解説

はじめに

寺院を運営する宗教法人も、株式会社やNPO法人などと同じように、その法人の基本的な情報を法務局に登録する「登記」を行うことが法律で義務付けられています。この登記情報は、誰でも閲覧できる「登記事項証明書(登記簿謄本)」を通じて公開されており、社会的な信用の基盤となるものです。

特に重要なのは、代表役員が交代した場合や、寺務所の場所を移転した場合など、登記された内容に変更が生じたときです。宗教法人法では、変更があった日から定められた期間内に、速やかに「変更登記」を申請する義務を課しています。

しかし、日々の多忙な寺務の中で、この登記手続きがつい後回しになってしまったり、そもそも登記が必要であること自体が認識されていなかったりするケースも少なくありません。登記を怠ることは、単なる手続き忘れでは済まされず、過料(金銭的なペナルティ)の制裁を受けたり、金融機関との取引や行政手続きで思わぬ不利益を被ったりするリスクを伴います。

本稿では、すべての宗教法人にとって不可欠な「登記」に焦点を当て、どのような場合に登記が必要となるのか、代表的なケースごとの手続きの流れや必要書類、そして登記を怠った場合のリスクについて、Q&Aを交えながら解説します。

QA

Q1. 先日、先代の住職が遷化(死亡)され、このたび私が新しい住職となり、規則に従って代表役員に就任しました。法務局で何か手続きは必要でしょうか?

はい、代表役員の変更登記手続きが必須です。代表役員の氏名・住所は、宗教法人の登記事項の中でも特に重要なものです。先代の代表役員の死亡による退任と、新しい代表役員の就任について、変更があった日から2週間以内に、法務局へ変更登記を申請しなければなりません。

Q2. 正直なところ、代替わりなどで忙しく、登記手続きを何年も怠ってしまっていました。今からでも登記の申請はできますか?また、何か罰則などあるのでしょうか?

はい、今からでも登記申請は可能ですし、現状を正しい状態に戻すためにも、速やかに申請すべきです。登記を長年放置してしまった場合でも、現在の正しい情報に更新するための登記申請は受理されます。

ただし、登記義務を怠ったことに対する罰則は存在します。宗教法人法第88条では、登記を怠った代表役員個人に対し、裁判所が10万円以下の「過料」に処すると定めています。これは行政上の秩序罰であり、前科となる刑罰ではありませんが、法律上の義務違反に対する金銭的な制裁です。登記を怠った期間が長ければ長いほど、過料の金額が大きくなる可能性もありますので、気づいた時点ですぐに専門家へ相談し、手続きを進めることをお勧めします。

解説

宗教法人の登記とは?その目的と法的効力

宗教法人の登記制度は、法人の実体を社会に公示し、取引の安全を図ることを目的としています。

(1)登記の「対抗力」

登記の最も重要な効力は「対抗力」です。宗教法人法第54条は、登記事項は、登記をした後でなければ、これをもって第三者に対抗することができないと定めています。

「対抗することができない」とは、平たく言えば「主張することができない」ということです。

例えば、代表役員がAさんからBさんに交代したとします。この交代について責任役員会で適法に決議しても、法務局で変更登記を完了させなければ、Bさんが新しい代表役員であることを、その事実を知らない第三者(金融機関や取引先など)に主張することができません。その結果、Bさんが法人を代表して行った契約を「無権限だ」と主張されるリスクが生じてしまうのです。登記は、法人の重要な情報を社会に公示し、その内容を法的に保護するための重要な仕組みです。

(2)主な登記事項(宗教法人法第52条)

宗教法人が登記しなければならない主な事項は以下の通りです。これらに変更が生じた場合は、変更登記が必要です。

  1. 目的(及び事業)
    法人がどのような活動を行うか。
  2. 名称
    法人の正式名称(例:「宗教法人〇〇寺」)。
  3. 事務所
    法人の主たる事務所の所在地。
  4. 代表役員の氏名、住所及び資格
    代表役員の個人情報と、どのような資格(例:「住職」)で代表役員になっているか。
  5. 基本財産の処分等の要件
    不動産などの処分に、責任役員会の決議以外に「檀家総会の承認」など特別な要件を規則で定めている場合は、その内容。
  6. 解散の事由
    規則で特別な解散事由を定めている場合は、その内容。
  7. 公告の方法
    官報、新聞、寺院の掲示場など、法人が公告を行う方法。

【ケース別】主な変更登記手続きの流れと必要書類

登記事項に変更が生じた場合、原則として主たる事務所の所在地を管轄する法務局に対し、変更が生じた日から2週間以内に申請しなければなりません。

① 代表役員の変更登記(就任・退任・死亡・辞任・住所変更など)

頻繁に発生する登記の一つです。

  • 手続きの流れ
    1. (交代の場合)規則に定められた手続き(例:責任役員会の選任決議)で新代表役員を選任する。
    2. 必要書類を収集・作成する。
    3. 法務局へ変更登記申請書を提出する。
  • 主な必要書類の例
    • 宗教法人変更登記申請書
    • 規則の写し(所轄庁の証明があるもの)
    •  交代の場合
      • 前任者の退任を証する書面(辞任届死亡の記載のある戸籍謄本など)
      • 後任者の選任を証する書面(責任役員会の議事録など)
      • 後任者の就任承諾書
      • 後任者の印鑑証明書(発行後3ヶ月以内のもの)
    •  住所変更の場合
        • 住民票など住所の変更を証明する書面
    • (司法書士に依頼する場合)委任状

② 事務所の移転登記

建物の建替えや、より利便性の良い場所への移転などで必要となります。

  • 手続きの流れ
    1. 責任役員会で事務所の移転場所と移転日を決議する。
    2. 法務局へ変更登記申請書を提出する。
  • 主な必要書類の例
    • 宗教法人変更登記申請書
    • 責任役員会の議事録(事務所移転を決議したもの)

③ 規則の変更に伴う登記

法人の名称や目的、公告の方法などを変更した場合に必要です。

  • 手続きの流れ
    1. 責任役員会などで規則の変更を決議する。
    2. 所轄庁に対し、規則変更の認証申請を行う。
    3. 所轄庁から認証書が交付される。
    4. 認証書が到達した日から2週間以内に、法務局へ変更登記申請書を提出する。
  • 主な必要書類の例
    • 宗教法人変更登記申請書
    • 所轄庁が発行した認証書の写し
    • 変更後の規則の写し

登記を怠った場合(登記懈怠)のリスク

登記を長期間怠る「登記懈怠(けたい)」の状態は、様々な不利益をもたらします。

  • 過料の制裁(宗教法人法第88条) Q2でも触れた通り、登記申請を怠った代表役員個人は、10万円以下の過料に処せられる可能性があります。
  • 社会的信用の低下と取引上の不利益 登記事項証明書は、法人の信用状態を判断する基礎資料です。融資を申し込む金融機関や、不動産取引の相手方、行政機関などは、必ずこの証明書を確認します。登記情報が実態と異なっていれば、「管理がずさんな法人」と見なされ、融資を断られたり、許認可手続きがスムーズに進まなかったりする原因となります。
  • 法人運営の停滞 代表役員の死亡登記がなされていないと、銀行口座が凍結されたまま名義変更ができなかったり、重要な契約が進められなかったりと、法人運営そのものが停滞するリスクがあります。

弁護士に相談・依頼するメリット

登記手続きは専門性が高く、必要書類も多岐にわたるため、専門家に依頼するのが確実かつ効率的です。

  1. 必要な手続きの正確な診断
    法人の状況をお伺いし、どのような登記が、いつまでに必要なのかを法的な観点から正確に判断します。複数の変更が重なっている複雑なケースでも、適切な手続きの順序を整理します。
  2. 煩雑な書類作成・申請手続きの一括代行
    議事録や申請書といった専門的な書類の作成から法務局への申請まで、手続きを代行します。住職や役員の方々は、本来の寺務に専念できます。
  3. 登記の前提となる手続きからのトータルサポート
    登記申請には、有効な責任役員会の決議や、所轄庁の認証が前提となる場合があります。弁護士は、これらの前提となる手続きについても、法的に瑕疵のないようサポートすることが可能です。
  4. 長年放置された登記の正常化
    何代にもわたって登記が放置され、どこから手をつけてよいか分からないようなケースでも、過去の経緯を丁寧に紐解き、現状に即した正しい登記状態に回復するための道筋を示し、その実行を支援します。

まとめ

宗教法人の登記は、法人のアイデンティティと信用を社会に示す、重要な公的制度です。それは、寺院が地域社会の中で安定した活動を続けていくための土台ともいえます。

代表役員の交代、事務所の移転、規則の変更など、登記事項に変更が生じた際には、法律で定められた期間内に、速やかに変更登記を申請する義務があります。この義務を怠る「登記懈怠」は、過料という直接的な制裁だけでなく、法人の社会的信用を損ない、円滑な運営を妨げる様々なリスクにつながります。

ご自身の寺院の登記事項証明書を一度確認し、現状と相違ないかチェックしてみてください。もし手続きが滞っていたり、何から始めればよいか分からなかったりする場合には、決して放置せず、お早めに弁護士などの専門家にご相談ください。登記情報を常に最新かつ正確な状態に保つことが、健全な法人運営の第一歩です。


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