コラム

2025/07/08 コラム

寺院の「責任役員会」 – 議事録の作成から決議要件まで、適正な運営方法

はじめに

寺院の運営において、不動産の購入や売却、規則の変更、予算の決定といった重要な意思決定は、誰が、どのように行っているのでしょうか。宗教法人法は、これらの重要事項を審議・決定するための機関として「責任役員会」の設置を定めています。

責任役員会は、株式会社における「取締役会」に相当する、いわば寺院の最高意思決定機関です。代表役員(住職など)が日々の業務を執行するのに対し、責任役員会は、法人の進むべき道筋を決定し、代表役員の業務執行を監督するという、寺院のガバナンス(組織統治)において中核的な役割を担っています。

しかし、この重要な責任役員会の運営が、慣例や暗黙の了解のもとで行われ、法律や規則で定められた手続きが疎かになっているケースも散見されます。適正な手続きを欠いた決議は、後からその効力が争われるなど、法人運営の根幹を揺るがす重大な紛争に発展しかねません。

この記事では、「責任役員会」に焦点を当て、その招集手続き、議事の進め方、決議の要件、そして法的に有効な議事録の作成・備付けに至るまで、適正な運営のためのポイントをQ&Aを交えながら解説します。

QA

Q1. 責任役員会では、具体的にどのようなことを決めるのでしょうか?

責任役員会が決定すべき事項は、宗教法人法で「規則で定めるところにより、法人の事務を決する」とされており、具体的には各寺院の規則(寺院のルールブック)に委ねられています。一般的には、以下のような法人の根幹に関わる重要事項が定められています。

  • 予算の編成と決算の承認
  • 境内地や境内建物といった不動産や、「宝物」の処分・取得
  • 多額の借入や保証
  • 代表役員、責任役員、監事といった役員の選任・解任
  • 規則の変更
  • 重要な事業の計画や廃止

Q2. 今度、責任役員会を初めて招集するのですが、招集通知はどのように行えばよいですか?

責任役員会の招集手続きは、適正な会議運営の第一歩であり、慎重に行う必要があります。まず、規則に招集手続きに関する定めがないかを確認してください。

通知には、会議の日時、場所、そして目的である事項(議題)を明記します。

Q3. これまで責任役員会の議事録をきちんと作成してきませんでした。議事録は必ず作成しなければならないのでしょうか?

はい、責任役員会の議事録作成は、宗教法人法第25条で定められた法律上の義務であり、省略することはできません。議事録は、責任役員会でどのような審議が行われ、何が決定されたのかを証明する記録であり、万が一、後日紛争が生じた際の重要な証拠となります。

解説

責任役員会とは?役割と権限

責任役員会は、代表役員、監事と並ぶ宗教法人の機関の一つです。その役割と権限を正確に理解することが、適正な運営の前提となります。

(1)宗教法人法上の位置づけ(第19条)

宗教法人法第19条は、「責任役員の定数の過半数で、その権限に属する法人の事務を決し」と定めています。これは、責任役員会が、個々の責任役員の集まりではなく、合議制の意思決定機関であることを示しています。代表役員は法人の業務を執行する立場ですが、その前提となる重要事項は、複数の責任役員による合議、つまり責任役員会で決定されなければなりません。これにより、代表役員への権限集中を防ぎ、法人運営の公正性を担保しています。

(2)決議事項

前述のQ&Aの通り、決議すべき事項は各寺院の規則で定められます。これは、法人の規模や特性に応じて、自治的に運営ルールを決められるようにするためです。規則の定めにない事項を責任役員会で決議しても、その効力が認められない可能性があるため、自坊の規則で何が決議事項とされているかを正確に把握しておくことが不可欠です。

責任役員会の適正な招集手続き

決議の効力を万全なものにするためには、その入口である招集手続きを法令・規則に則って行う必要があります。

  • 招集権者
    通常は代表役員ですが、規則で他の役員(例えば、最年長の責任役員など)を招集権者と定めることも可能です。
  • 招集通知
    議題を明示して通知します。この期間や通知方法は、規則の定めに従います。

議事の進め方と決議要件

    会議が適法に成立し、有効な決議を行うためには、「定足数」と「決議要件」を遵守しなければなりません。

    (1)定足数

    定足数とは、会議を開き、審議を始めるために必要な最小限の出席者数のことです。規則に別段の定めがなければ、責任役員の定数の過半数の出席が必要と解されています。定足数を満たさなければ、たとえ会議を開いても、そこでなされた決議は無効となります。

    (2)議決方法(決議要件)

    決議要件とは、議案を可決するために必要な賛成の数のことです。

    • 普通決議
      規則に別段の定めがなければ、出席している責任役員の過半数の賛成で可決されます。
    • 特別決議
      不動産の処分や規則の変更など、法人にとって特に重要な事項については、より慎重な意思決定を確保するため、規則で「責任役員の定数の3分の2以上の多数」といった、普通決議よりも厳しい要件(特別決議要件)を定めていることもあります。

    議事録の作成・備付け義務(第25条)

    責任役員会の最終段階であり、最も重要なのが議事録の作成です。

    (1)なぜ議事録が重要か

    議事録は、単なる会議のメモではありません。以下の重要な役割を持ちます。

    • 内部的な役割
      決定事項を役員間で共有し、後の運営の指針とします。
    • 対外的な役割
      所轄庁への届出や法務局での登記申請の際に、意思決定があったことを証明する公的な書類となります。例えば、不動産処分の届出には責任役員会の議事録の添付が必須です。
    • 紛争時の証拠
      決議の有効性が裁判などで争われた場合、議事録の記載内容が決定的な証拠となります。

    (2)備付けと閲覧

    作成した議事録は、常に寺院の主たる事務所に備え付け、信者などの利害関係人から正当な理由で閲覧請求があった場合には、原則として応じなければなりません。これは、法人運営の透明性を確保するための重要な義務です。

    弁護士に相談するメリット

    責任役員会の適正な運営は、法律や規則の専門的な知識を要します。寺院法務に詳しい弁護士は、以下のような形でサポートできます。

    1. 規則のリーガルチェックと整備
      貴寺院の規則を拝見し、責任役員会の権限、招集手続き、決議要件などが、法律に則って明確に定められているか診断します。あいまいな規定や法的に問題のある規定があれば、実情に合わせた改正案を提案します。
    2. 会議運営の適法性確保
      重要な決議を控えた責任役員会の運営について、招集通知の文案作成から、当日の議事進行、決議方法に至るまで、法的な観点からアドバイスを行い、手続きの瑕疵(欠陥)による決議無効のリスクを排除します。
    3. 議事録の作成支援
      登記申請や所轄庁への届出に耐えうる、法的に有効な議事録の作成をサポートします。議事録のレビューや、記載内容に関する具体的な助言も行います。
    4. 紛糾時の円滑な議事進行サポート
      役員間の意見対立が激しく、会議が紛糾してしまった場合に、弁護士が第三者として会議に立ち会うことで、冷静な議論を促し、法的な論点を整理して、合意形成をサポートすることが可能です。

    まとめ

    責任役員会は、寺院の未来を左右する重要な意思決定を行う、まさに運営の心臓部です。その運営にあたっては、「規則に従った適法な招集」「定められた定足数と決議要件の遵守」「法律の要件を満たした議事録の作成と備付け」という一連のプロセスを、一つひとつ丁寧かつ正確に行うことが何よりも重要です。

    これらの手続きを軽視すれば、善意で行ったはずの決議が無効と判断されたり、役員間の信頼関係が損なわれたりする事態を招きかねません。責任役員会の運営方法や議事録の作成に少しでも不安があれば、それは法人運営上の重要なリスクサインです。

    問題が表面化する前に、ぜひ一度、寺院法務に精通した弁護士にご相談ください。盤石な意思決定プロセスを確立することが、寺院の安定と持続的な発展に向けた確かな礎となります。


    長瀬総合のYouTubeチャンネルのご案内

    法律に関する動画をYouTubeで配信中!
    ご興味のある方は、ぜひご視聴・チャンネル登録をご検討ください。

    【リーガルメディアTVはこちらから】

    © 弁護士法人長瀬総合法律事務所 寺院・神社法務専門サイト